チベットツアースタート!

15,November,2011

10月4日

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早朝4:30起床。レセプションのソファーで眠る少年を起こして鍵を開けてもらう。

いつもはクラクションの騒音と埃が舞い上がる路地もまだ暗く人もいない。

頑丈な鍵を見ながら「治安が悪いのかな?」と懸念を抱く中ガイドが迎えに来た。

タメルの中心からノースフェイスを少し超えたところでバスに乗り込み

見晴らしのいい場所で朝食をとる。いよいよチベットツアースタートだ。

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いつも国境では見てるのか、見てなのか分からないほど適当な入国審査が多い中、

ネパールから中国の国境は今まで見たことの無いほど厳戒態勢がひかれていた。

名前、内容の確認。荷物も逐一調べられる。中でもダライラマや仏教に関するもの

フリーチベットと書かれたTシャツやチベットのガイドブックなど、問答無用で没収される。

色んな国境を越えてきたけど、ここまでやる必要があるのか疑問が残る。

人生敵を作らないことが大切だよね。敵がいなければ守る必要もない。

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ネパールのイミグレを通過すると「ここは中国」「チベットは中国の物だ」

と言わんばかりに、赤い中国国旗が風になびいているのを見て複雑な気持ちになった。

「国旗の赤い色が血の色に見えた」ダライラマの言葉を思い出した・・・。

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その後、中継の町でランチタイム。「ガイドがビザを持ってるか?」と確認。

全員持っているのに、なぜか俺だけ持っていない。入国の時に返してもらってないのだ。

「それはビッグプロブレムだ」と焦るガイド。一度入国すればビザは必要ない訳ではなく

何箇所もチェックポイントがある。ビザがなければ旅ができない。

しかし、ガイドの友達がたまたまイミグレにいてビザを取り返してきてくれて一安心。

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ランチ後バスに乗り込むと、なぜかすぐに停車し、ガイドがバスを降りてどこかへ行った。

気にしないで待っていると、ドライバーも後を続き、何か異変を感じた乗客もバスを降りた。

俺らを除いてほぼ全員バスからいなくなり、戻ってきてたツアー参加者にどうしたのか聞くと

「アクシデント」だという。車を降りて歩いてみるとトラックがひっくり返り道をふさいでいた。

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山の中の一本道。他の道はない。3時間程時間が過ぎた時ブルトーザーがやってきて

倒れたトラックを左右に振ったシャベルで道端に押しのけてようやく車が通過可能になった。

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思いの外長いドライブだった為、みんな疲労がうかがえる。さらに今日だけはドミトリー。

そして、もしかすると布団が全員にまわらないかもしれないと言う話を聞いていた。

要するにボロイ宿なのだ。ある女性はトイレを見て「オーマイガッ!」と言っていた。

それもそうだろう。チベットのツアーは安くはない。バックパッカーの客層ではなく

カメラもほぼ全員プロ用の一眼を持っていたり、ある程度裕福な落ち着いた大人が多い。

俺らは慣れてるけど、こういうところ泊まったことない人には驚きだったろう。

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お湯がでない中、水シャワーで我慢しようとすると、ホテルスタッフから

「シリアスフリージング」だから無理と言われる。気温13度。日中との気温差が激しい。

俺たちはあらかじめ寝袋とジャケットをレンタルしてきたのでなんとかなりそう。

0℃近くのテント生活とか、修羅場くくってきてるから、まあ楽勝だよね。

しかし、今日は5000mを越える高地にいた為、軽く高山病で頭が痛い。

ボリビアのウユニ塩湖のツアーを思い出すよ。今回は酒は飲まないと決めてきたしね。

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たまたま運良く俺らは三人部屋を二人だけで使える事になった。

どこか北の国からを思わせる雪焼けした肌の色に素朴な人柄のチベット人。

雪山に囲まれた山小屋のような宿は、初めて来たのにどこか懐かしい感じ。

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今日10月4日は久美子の誕生日。メモリアルなそんな日になぜか分からないが

彼女の両腕には薄くじんましんが出ている。一体何なんだろう・・・?原因不明だ。

スリランカ以降から体調を壊しまくる二人。やっぱ水と空気なんだろうか?

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高山病の俺とじんましんの彼女。厚手のスウェットとパーカーを着込み、

毛布を二枚に布団を一枚かけて、寝袋に滑り込み、レイキを当てる。

寒くてボロイ宿だけど、北の国からのメロディー口ずさみながら笑いあって感謝したよ。




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