菩薩とは?
10月25日Hotel Mount View
話を聞いてる人を見る
テイーチング終了
亡命者を撃つ。
『般若心経の読み方』を読む
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3日間に渡るありがたい講義は終了。
午前は9:30~11:30。午後は13:00~15:30。
運良く法王の真正面の席がとれたので、チベット人らしき人に囲まれ
ラジオで日本語訳を聞きながら、仏教の世界をじっくりと考える。
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仏教を良く知る人から「今回の話は少し難しいよ」と言われていた。
みんなどんな風に聞いているのか気になって、時々周りを見渡してみた。
昔からそうなんだけど、コンサートに行けば、「どんな風に聞いてるんだろう?」と
周りを見るし、会社でつまらない事を話す上司がいたら、
「みんなどんな気持ちで聞いてるんだろう?」と気になってしまう。
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今回かなりの数の僧侶も参加していた。どんな風に聞いてるのか見てみれば
眠ってる僧侶もいるし、暇そうにしてる人もいる。それだけならまだしも、
寺院を後にする時グイグイ押し込んでくるのもいれば、
買い物してる時に割り込んでくるのもいる。
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昔はお坊さん=偉い人・立派な人って思ってた。
どんなに修行しても、実践できなければなんの意味もないんじゃないだろうか?
チベット人に関して言えば、子供が4人いれば1人は僧侶にさせるらしい。
くいぶちが減るからというのも大きな理由で、本人も望んで出家した訳じゃないんだろう。
マレーシアで食事中に布施をねだり、断ったら「チッ」って言った僧侶を思い出した。
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そんな中一人のシワシワのおばあちゃんがいた。
初日に講話を聴きに来た時、俺らが取っている場所は二人で座るにはとても狭かった。
前日からまるで花見のようにびっしりと埋め尽くしてるシート。座席の取り合いなのだ。
するとこのおばあちゃんが快く自分がとっている場所を譲ってくれた。
数日このおばあちゃんを見ていたが、いつも笑顔で誰に対しても優しかった。
混んでいるので、人がぶつかってきても、嫌な顔一つせず、無神経にも人と人の合間を
ズカズカ通る人がいて、その持っている靴がおばあちゃんの頭にあたっても笑顔だった。
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人を押しのける坊主もいれば、いつも笑顔のおばあちゃんもいる。
宗教は生きる智慧として、実践的に生活に取り込まれてなければ意味ないよね。
たくさんの人に囲まれた、シワシワの小さなおばあちゃん。
彼女の中に菩薩を見たような気がしたよ。

